大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和30年(行)29号 判決 1956年10月25日

原告 きたのや有限会社

被告 福岡国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し昭和三十年九月六日附福局直法(監)第五七号及同日附福局協法(審)第一一三号を以てした法人税等の賦課処分に対する審査請求棄却の各審査決定を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次の如く述べた。

原告は昭和二十八年九月一日設立し、昭和二十七年七月五日から訴外松隈アイが経営していたきたのや旅館に於て、同人よりその営業用什器、備品一切を譲受け昭和二十八年十月十五日附福岡県知事の許可を得て旅館業を経営していた。ところが、博多税務署長は右松隈アイに対しては、昭和二十七年七月以降同二十八年八月までの旅館業所得税額として金一万七千九百円を課しながら、右旅館の経営者が法人組織になるや原告会社に対し昭和二十八年十月二十日以降同二十九年九月三十日までの事業年度の法人税額をアイ個人経営時代の五倍以上にも及ぶ金十万二百四十円と認定した。即ち、原告は右税務署長に対し、第一期事業年度(昭和二十八年十月二十日以降同二十九年三月三十一日まで、以下同じ)分として法人税金千九百円を申告納付したが、同税務署長は追徴税額金四万一千二百四十円の更正をなして原告にその旨通知した。又右税務署長は原告の第二期解散事業年度(昭和二十九年四月一日以降同年九月三十日まで、以下同じ)分につき金一万二千百九十四円の欠損を否認し、税額金五万九千円の決定をなし原告にその旨通知した。そこで、原告は右両事業年度分につきそれぞれ被告に審査請求をしたところ、被告は原告に対し第一期事業年度分につき昭和三十年九月六日福局直法(監)第五七号通知書を以て再調査金額は正当で審査請求は理由がないとの理由により棄却する旨の決定をなしたる旨、第二期解散事業年度分につき同日附福局協(審)第一一三号の通知書を以て、審査請求は理由がなく申立は正当でないと認め税額を金五万九千円と決定する旨各通知した。しかし、被告のなしたる右各決定は何れも原告の所得を過大に認定した違法があるから、その取消の裁判を求めるため本訴に及んだと。そして、被告の主張に対し、原告の第一期事業年度分の収入金は金二十四万七百十円、第二期解散事業年度分のそれは金三十六万千七百八十円であつて、此の点に関する被告の主張は否認する。

被告は訴外松隈アイが記帳せるメモを根拠に推計しているが、右メモは正規の帳簿でないから、之を根拠とすること自体不当であるのみならず、被告の右メモの取捨選択は全く恣意により一方専断的に為されて居るのであるから、被告の為したる処分は適正な査定に基くものではなく非科学的な違法な方法によるものであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並に主張として次のように述べた。

原告がその主張の日時、場所に於て旅館業を経営していたこと、(但し原告会社の設立年月日は昭和二十八年九月四日である)訴外松隈アイの昭和二十七年、昭和二十八年両年分の所得税額の合計が金一万七千九百円であること、原告の第一期事業年度分として原告が確定申告書を所轄の博多税務署長に提出してその申告税額を納付したこと、これに対し右税務署長が追徴税額金四万一千二百四十円の更正をなして原告にその旨通知したこと、当該事業年度分につき原告主張の理由により被告が審査請求を棄却したこと、第二期事業年度分につき審査決定において税額金五万九千円の原決定額を維持したこと、原告が右各事業年度分法人税に対する審査決定通知書をその主張の日時頃受領したことはいづれも認めるが、被告が何ら正確な実態調査を為さずして過大に不当不合理な認定をなしたとの原告主張事実は之を否認する。被告の調査した結果によれば、原告会社備附の帳簿書類には、或は収入金の記帳洩れ、或は負債金額の過大記帳等の事実があつて、これのみによつては到底課税標準算定が不可能と認められたので、次の方法により所得金額を推定した。被告の調査の際原告会社代表者松隈福二の妻松隈アイ記帳に係る数冊のメモの提示をうけたが、そのうち昭和二十九年四月以降同年六月迄三ケ月間に亘る記載は概ね原告の収支の真実に近いものと認められたので、右メモにより右期間中の原告会社の収入金額を算出し、之を右期間に於ける原告会社の遊興飲食税申告の際記載せる収入金額と比較すると、別表(一)のように、右メモ帳の記載額は原告の申告額の四、一〇二倍となつたので、右の事実を基礎として、本件係争年度における其の余の月の収入金額に於ても原告の申告には同一割合で過小に計上して申告した事実を推認し、別表(二)のように原告が第一期、第二期各事業年度の各遊興飲食税申告の収入金額である第一期分の金十万五千八百円、第二期分の金十一万二千九百五十円にそれぞれ前記四、一〇二を乗じて、前者につき金四十三万三千九百九十一円、後者につき金四十六万三千三百二十円の各収入金額を推計算出した。そしてこれらにつき、別表(三)のように、所得標準率六五、九〇%を適用して、これから同表記載の如く所要の経費を控除すると第一期分の法人所得金額は金二十万千六百四十一円、第二期分の法人所得金額は金十三万千七百五十七円となつた。原更正決定は右の金額の範囲内で原告の所得額を見積り法人税額を算定したのであるから、之を相当として維持した本件審査決定には何等の違法はない。と述べた。(立証省略)

理由

原告がその主張の日から同主張の場所において旅館業を経営していたこと、原告が所轄博多税務署長に対し第一期事業年度分につき税額千九十円の申告をなしこれを納付したところ、同税務署長が追徴税額金四万千二百四十円の更正をなして原告にその旨通知したこと、原告がこれに対し主張の如く被告に審査請求をなしたところ、被告が原告主張の理由により棄却し原告主張の通知書を以て原告に通知したこと、第二期解散事業年度分につき、原告が主張の如く審査請求をなしたるところ、被告は税額を金五万九千円とする原決定を維持し、該請求を理由なしとして之を棄却する旨の決定をなし、その旨原告に通知したことは何れも当事者間に争がない。

原告は、右税務署の為したる課税処分は、係争年度に於ける原告の所得金額を過大に認定したる上、所得なきところに課税した違法がある旨主張するので考へるに、成立に争なき甲第八号証、乙第二号証証人内柴幹夫(第一回)により成立を認め得べき乙第一号証、証人内柴幹夫(第一、二回)の証言並に弁論の全趣旨を綜合すると、原告に対する本件課税処分につき福岡国税局協議団本部協議官が原告会社に臨み調査を為したる際に、その代表者の妻松隈アイは原告会社の決算に関する旅館元売帳、金銭出納簿、収入伝票、遊興飲食税台帳等の帳簿書類と共に右アイが記帳したものであるとして甲第八号証のメモ帳を提示したが、右メモ帳の各頁の最上欄左側には、千円乃至三千円の毎日の収入金が記載してあること、原告の旅館には客部屋が五室あり、その部屋料一人当り素泊りで五百円のが三室、四百円、四百五十円のが各一室で、各室満員の場合は部屋代合計二千円、二食附のときは四千円となるが平均一日二室位空いていると仮定してもその収入は三千円となること、右の事実に照して右メモ帳記載の収入金を検討すると右メモ帳の記載は右旅館営業による収入のみを記載したものである等の事実が認められ、又前掲証拠によれば協議官が第一期分につき、右メモ帳の記載と前記損益計算書の記載と比較した結果、前者によれば昭和二十九年四、五、六月の三ケ月間に於ける平均収入は金八万八千円であるに比し、後者によれば右は約金二万九千円であつて右損益計算書には過少に記載されていたこと、原告会社の記帳には昭和二十九年三月末現在の期末借入金残高が金十二万円で、其の内訳は九州相互銀行福岡支店よりの分金十万円、松隈増蔵よりの分金二万円となつて居るが協議官が右銀行に於て調査したところでは右期末残高は金七万円でありその差額金三万円に対する売上金については原告の帳簿にその記載が洩れていたこと、協議官は第二期分についても原告会社に於て酒、ビール売上金の適否等を調査したが、原告会社記帳の仕入本数を調べた上原告主張の自宅消費、交際用消費を差引き、収入伝票記載の売上本数を当つたところ、原告の帳簿には酒百七十本、ビール約六十六本の売上記載漏があつたこと、其の他宿泊カードには記載されて居ながら金銭出納簿、元帳には記載されて居らず、従つて原告会社の収入金に計上されない売上脱漏と認めらるべき額が昭和二十九年四月より同年九月迄の間に約一万一千円あつたこと、等の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はないから、原告の正規の帳簿には必しも全幅の信用を置き難いといわなければならない。そして、前記メモ帳により昭和二十九年四月乃至六月まで三ケ月分の収入金額を集計すると別表(一)上欄記載のとおりとなり、右三ケ月の原告の遊興飲食税申告の収入金額が同表の中欄記載のとおりであることは原告に於て明らかに争はないから自白したものと看做し、両者を比較すると、メモ帳記載の収入金額の方が遊興飲食税申告の収入金額より平均約四、一〇二倍大であることが認められる。又別表(二)記載のとおり、原告が第一期事業年度につき収入金額を合計金十万五千八百円として遊興飲食税の申告をなし、第二期事業年度につき収入金額を合計金十一万二千九百五十円として遊興飲食税の申告をなしたことは原告の明らかに争はないところであり、証人内柴幹夫(第一、二回)の証言並に右原告申告の第一期分の収入金額と同第二期分のそれとの比率を考へ合せると、原告方旅館営業の収入は第一期事業年度と第二期事業年度とては大した変動がなかつたことが推認出来る。そこで、前記四、一〇二の倍率を原告の前記第一期、第二期両年度の遊興飲食税申告の収入金額にそれぞれ乗ずると、第一期事業年度の収入金額は金四十三万三千九百九十一円、第二期事業年度のそれは金四十六万三千三百二十円となる。

原告は前記松隈アイの記帳せるメモ帳の如きを根拠とし、又その一部を取上げて全体の収入を推算するのは違法であると主張するが成立に争なき甲第八号証と証人西島孫治、同内柴幹夫(第一、二回)の各証言を綜合すれば、右メモ帳(甲第八号証)は原告会社代表者の妻たる松隈アイが本件旅館の収支状態を具体的に記載したものであり、原告が本件係争年度の法人税を申告するに際し財務諸表を作成するに当つて、原告より依頼をうけた税理士西島孫治は原告会社の帳簿書類の記帳が不備であるところから前記メモ帳を基礎として元帳、金銭出納簿、其の他決算書類等を作成した事実が認められる。以上認定の事情を綜合して考へるときは、右メモ帳の如きは本来正規の帳簿とは謂い難いけれども、本件の場合に於ては信用するに足ると認め得るから其の記載を根拠とすることはけだし相当である。而して、証人内柴幹夫(第一、二回)の証言によれば、アイは昭和二十九年七、八、九月分についてもメモ帳を作成していたけれども、それは協議官が原告方に営業状態の実地調査に赴いた後に記帳せられたものであり且その内容を同年四、五、六月の前記記帳内容と比較すると後者の一ケ月平均収入が約八万八千円であるに比し、前者のそれは約四万九千円で著しく過少に営業収入の記帳がなされている事実が認められるから特別の事情の認められない本件の場合に右七月以降のメモ帳の記載は遽に信用し難いところであり之を採用することが出来ない。以上の次第であるから本件係争年度に於ける原告の収入を査定するにあたり、先づ、前記の如く昭和二十九年四月より六月まで三ケ月分の右メモ帳の記載収入額を基礎として、之と原告の右期間の遊興飲食税申告の収入額との比率を求め、これにより、第一期、第二期各事業年度の収入を推計算出することは、他に信用すべき資料がない本件の場合に於ては蓋し止むを得ざる措置と謂はなければならない。

次に、証人安武嘉三次の証言により成立を認め得る乙第三号証の一、二、証人安武嘉三次、同内柴幹夫(第一回)の各証言によると、税務官庁内部で所得金額を推計する際の資料として、被告の指示せる所得標準率を使用しており、それによると、原告の営業する所謂同伴専門の旅館業においては右標準率は六四、九〇%とし、貸倒金がない場合は六五、九〇%として或程度の幅をもたせて居ることが認められ、右の取扱は相当であると認められるから、前記第一期、第二期の各事業年度の収入金に右標準率六五、九〇%を乗ずると、別表(三)記載のように、第一期分については金二十八万六千円、第二期分については金三十万五千三百二十七円となる。次に特別経費について考へるに納付遊興税額が右別表(三)記載の通りであることは原告の明かに争はないところであり、又証人西島孫治の証言により成立を認めうる甲第六、七号証、証人内柴幹夫(第一回)の証言によれば、雇人費、代表者等給料並に支払利息等は原告の損益計算書に計上通りをそのまゝ是認したものであることが認められるから、前記収入金より之等の特別経費を控除すれば結局同表記載のように第一期分の法人所得金額は金二十万千六百四十一円、第二期分のそれは金十三万千七百五十七円となることは計算上明らかである。

然らば、右各所得金額の範囲内で原告の所得額を認定し、之に対して、法人税額を決定した原処分を相当なりとして維持した本件審査決定には何等原告主張の如き違法の点はないと謂はなければならない。よつて、右違法の事実ありとの前提に立ち右審査決定の取消を求める本訴請求は理由がないので之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 小野謙次郎 大江健次郎 丹野達)

(別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例